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かわいいむすこはずるい。

2016年春に息子が生まれました。

0歳児よりはデキる母でありたい

息子とずっと一緒に生活していると、私は天才かもしれないと思うようになった。

 

私の周囲には非常に優秀な人が多かった。そのために劣等感がとても強かった。なぜ私はみんなが当たり前のようにできていることができないのだ、と。
怠惰で、社会性に乏しく、向上心の無い自分を嫌悪していた。

 

0歳の人と一緒にいると劣等感を感じることは無い。負けているのは若さくらいなものだ。

 

たとえば息子は全身の力を使って一生懸命に何かにつかまって立ち上がろうとする。私は特に何も意識せずともスタスタと歩くことが出来る。当然走ることもできるし、必要ならダンスだって踊れる。

 

息子は差し出されたミルクを自分でほ乳瓶を持って飲むようになったので、それを見た人はすごいすごいと笑顔になる。が、そのミルクをこしらえたのは私だ。

 

水道の蛇口をひねって水を出す。ちゃんと止める。ティファールのスイッチを入れ、沸くのを待っている間にスプーンで擦り切り10杯を計ってほ乳瓶に入れておく。沸騰したばかりのお湯は飲むには熱すぎるということを私は知っている。そしてその効果的な冷まし方も。

 

飲み終わったほ乳瓶はそのまま放っておくと雑菌が繁殖するのでできるだけ早めに残ったミルクを捨てて軽く水ですすぐようにする。余裕が有れば溜まった使用済みほ乳瓶を専用のスポンジと食器用洗剤で丁寧に泡立て、水ですすぐ。

 

スポンジやほ乳瓶は私がAmazonで購入したものだ。私はスマートフォンを操作し、インターネット販売を利用することができる。ログインのためのパスワードをを暗記している。

 

ミルクは近所のドラッグストアで購入したものだ。車に注意しながら安全に店にたどり着くことができる。店員さんと言語でやりとりを行う。貨幣価値を理解している。2週間分をまとめて買っておく。時間の概念を知っているからだ。

 

息子の機能は今のところONとOFFしかないようだ。お腹がすいているか、すいていないか。ミルクがあるか、ないか。飲むか、飲まないか。

私は知らず知らずのうちに32年間でかなり複雑な頭脳を手に入れたようだった。ほとんど覚えていないが、たくさんの大人たちが私にいろんな事を教えてくれたようだ。そして学び、経験し、獲得していったのだろう。

 

自分はこれまで意外とちゃんとがんばってきたのかもしれない。難しい子で扱いにくいと、周囲からあまり好かれていなかったと思っていたが、多くの人たちが私に手間暇をかけ、手助けをしてくれていたのだと。ありがたや。

 

まぁこの仕上がりで満足しておこうと思う。0歳児と自分を比べて優越感を感じるような大人げない人間だけれども。